知的障がい児入所施設に勤務して

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福祉の道を志すきっかけをくれた子供たちの笑顔


私が福祉の道に入ったのは、たまたま求人を見て応募し採用されたこと。

いわば偶発的な出来事だったわけですが、知的障がい児と生活を共にするうちに、この仕事は自分にとって必然であったというような感覚を抱くようになりました。

私の人生を大きく変えた子供たちのことをお話ししたいと思います。


子どもたちが抱えるのは発達障害のみではない


  ■子どもの発達障害とは

まず簡単に子どもの発達障害について説明します。

大まかにわけると次の3つがあげられます。

・広汎性発達障害(アスペルガー症候群、自閉症など)

・注意欠陥・多動障害

・学習障害

以上を含め、認知や言語などの知的機能が同年代の平均より明らかに低く、

意思伝達や対人関係において制限がある状態を「知的障害」といいます。

知的障害は複雑で、子どもによって程度や症状はさまざまです。

子どもたちは、日常生活や学習面で適切なサポートを必要としています。

施設ではわれわれ指導員が、学校では養護教諭が、子どもたちが快適な生活を送れるよう、

さまざまな支援を行っています。


子ども達の異常な家庭事情


子どもたちが抱えているのは、自分自身の障がいの問題のみではありません。

入所施設にいる多くの子どもたちは、異常ともいえる劣悪な家庭環境のため、

保護目的で入所しています(「措置入所」といいます)。

もちろん、児童相談所の介入しない「契約入所」の子どももいますが、

私の勤務する施設では3分の2が措置入所でした。


父親はだれ?


子どもたちの記録を読むと、本当に胸が痛みました。

ある女児(Kちゃんとしましょう)の母親は風俗店に勤務し、10代で妊娠。

父親がだれなのかわからないまま出産、直後養護施設にKちゃんを預け行方をくらましました。

3歳時に里親が決まったものの、激しい夜泣きと異食(虫や草を食べる)に気づき検査をしたところ、

発達障害が判明。

里親は途方に暮れ、里親の権利を放棄。

Kちゃんは児童相談所を通して私の施設に入所することになりました。

 

■父親不明の子どもが2割

お人形のようにかわいらしい顔立ちのKちゃんは、一見すると障がい児には見えません。

知能も高く、IQ90を少し切るくらいのボーダーなのですが、

親族が誰ひとりおらず3歳にして天涯孤独の身です。

充分、家庭での療育が可能なはずですが、引き取り手がいないため施設で生活せざるをえません。

Kちゃんのほかにも父親が誰なのかわからない子どもが5人いました。

23人の子どもが施設にいましたから、全体の約2割ということになります。


養育不可能な親


 

他にも、母親がシングルマザーかつ軽度の知的障害があるため養育能力がないと判定されたケース、

母親が再婚を繰り返し義理の父親に虐待されていたケース、

実の父親に性的虐待を受けていたケース、

母親が病気で他界し5人の子どもが残されたケース等、

親の養育状態に問題のある子どもたちがたくさんいました。

 

■過干渉な親も

親が子どもに無関心であり、育児放棄された子どもたちが多数を占めていますが、

なかには子どもの障がいを心配するあまり過干渉となり、

それが子どもの成長を妨げる要因となっていたケースもありました。

養護教諭からアドバイスを受け、子離れのために私の施設に子どもを預けたお母さんがいらしゃいました。

遠方から毎週面会に通い、衣類や菓子、DVDを毎回届けにきていました。

様子伺いの電話も毎日のようにかかっていました。

 

■過干渉には介入できないという辛さ

はじめは日課のけじめがわからず、余暇時間が終わるたびに大泣きしていた自閉症のYちゃんでしたが、

一年が経つ頃には自らDVDを片づけ余暇を終わらせることができるほどに成長しました。

しかし残念なことに二年目の夏、Yちゃんは帰省で実家に帰ったきり、

施設に戻ることはありませんでした。

お母さんが子どもの不在に耐えきれなくなったためです。

Yちゃんはそのまま退所となってしまいました。

親の過干渉はたとえ問題があっても、なかなか第三者が介入できないのが現状です。

 


愛情を確認し続ける子どもたち


■自分がどこまで受け入れてもらえるのか

自分自身の障がいに加え家庭環境に問題を抱える子どもが多く、

勤めはじめて間もなくの頃はどのように子どもたちに接したらよいのか、戸惑うことが多くありました。

なかには、自分自身がどこまで受け入れられるのか、わざと問題行動を起こし私の反応をみる子どももいました。

いわゆる「試し行動」と呼ばれるものです。

反抗的な態度をとったり破壊行為を行って、私がどこまで我慢するのか、

どの程度で怒り出すのかうかがっているのです。

 

■はっきりとけじめをつける

先輩職員から「あなたは試されているんですよ」という話を聞いて「なるほど」と思いました。

これは新人職員が必ず受けなくてはならない「洗礼」のようなものかもしれません。

やさしい、ということと、けじめがない、というのは全く次元の違う問題です。

障がい児と接するいうよりも、自分の子育てと同じように、

子どもがやってはいけないことをした場合には、その場ではっきり叱ることを心がけました。

 

■「試し行動」から子どもの心の傷が垣間見える

子どもは「試し行動」を繰り返しながら職員の性格を把握していきます。

職員も子どもが仕掛けてくる行動から、子どもの障害特性やどんな個性を持っているのか徐々に知ることになります。

この「試し行動」には、「自分はこの人に受け入れてもらえるだろうか?」

という子どもの切実な心情が垣間見られます。

叱られることを知りながらも大人を試さずにいられない子どもたち。痛ましいと思うことがたびたびありました。

抗的な態度の向こう側に、「自分を愛してよ!」という叫び声が聞こえる気がしました。

 


多くの子どもが抱える「愛着障害」


親から充分な愛情を注がれず、人と関わることに消極的になったり、

逆に過度な人への依存等、情緒や対人面に問題が起きる状態を「愛着障害」といいます。

私の施設の子どもたちにはこの「愛着障害」が多く、約半数の子どものフェイスシートに記載があるほどでした。

問題が起きてやさしく理由を尋ねても、詰問されているように感じるのか押し黙ってしまう子ども(場面寡黙)、

傷ついている心を表現するかのように繰り返しリストカットをする子ども、

注目を集めたいがために嘘をつくことが習慣化している子ども・・・。

 

■愛着障害の対応は難しい

障がい自体は軽度の子どもが多かったですが、愛着障害から来るアピール行動の対応は難しいものがありました。

心配し、関わりを多く持つとアピールがエスカレートし、ちょっと突き放した対応をするといじけて他害に及んでしまう。特にリストカットが頻回な子どもの対応には苦慮しました。

「子どもたちの母親のような職員になりたい」などと思っていた私は、

早い段階で「それは驕りかもしれない」と認識を新たにすることとなりました。

 


子どもたちの成長がやりがい


■可能性が環境によって眠らされている

IQが50~80の、軽中度知的障がい児が多くいましたが、

家庭環境が子どもの生育に適していればもっと伸びていたのでは?

と思われる子どももいました。

もちろん、専門家の見立てで発達障害と断定されたわけですから、障がい児の域は出ないとは思いますが・・・。

毎日生活を共にするうちに、子どもたちに大きな可能性を感じることが多々ありました。

 

■トラブルメーカーのTくん

7歳のTくんは自発語がなく、注意欠陥・多動障害と診断されています。

5分と落ち着いていることができず、絶え間なくほかの子どもにちょっかいをかけてはトラブルを起こすのが常でした。

ところが職員が遊びの場に加わると、Tくんはがぜん張り切り、集中力や友達に対する思いやりを見せるのです。

 

■褒められたい子ども

6人の兄弟がおり、母親も軽度の知的障がいを持つTくん。

家庭ではもしかしたら褒められる経験が少なかったのかもしれません。

そこで、Tくんが友達にやさしくしたら大げさに褒めてみることにしました。

するととても嬉しそうにニコニコとして、親切のオンパレードがはじまりました。

もともと少しお調子者で人の好いTくんです。

褒められるともう止まりません(笑)。

ままごとの料理をふるまい、いそいそと友達の世話を焼いている姿はとても微笑ましいものでした。

 

■ブロック遊びに集中

Tくんが夢中になるものにはブロック遊びがあります。

年度の初めの頃はただひたすらブロックを繋げるだけだったのですが、

教えると次第に物のかたちが作れるようになってきました。

家を作るのが好きで、最初はブロックの色もてんでバラバラだったのが、窓の周りは赤、

ドアのある壁は白など、キレイにブロックの色分けをするようになりました。

年度の終わり頃には、タイヤも組み込んで素敵な色遣いのトラックを作れるようになっていました。

作品ができあがると、「見て見て!」というように声を出して、得意げに他の職員に見せてまわっていました。

私もこのTくんの嬉しそうな顔が見たくて、毎日のように遊びの輪に加わっていました。

 

■可能性を強く感じたRくん

8歳のRくん。

出会った頃は人見知りが激しく、私との間に完全に壁を作っているような状態でした。

Rくんは広汎性発達障害と診断されています。

入所して間もないこともあり、Rくん自身も生活に戸惑いがあったのでしょう。

何か尋ねても手遊びをしたまま、質問には答えるけれど視線は合わせません。

ただ、質問にはかなり的確に答えることができ、なにか他の子どもとは違う独特の雰囲気を感じました。

 

■入浴時間が距離を縮めた

入所施設は子どもたちの生活の場ですから、食事や入浴も大事な日課となります。

当然、職員もその介助にあたるわけですが、Rくんはその感受性の強さから他の子どもたちと離さなければならないことも多く、入浴は一番最後の順番でした。

マンツーマンの対応となるRくんの入浴時間は、私との距離を縮めました。

Rくんからの質問からも独特の感性を感じました。たとえばお風呂に入りながら、

 

「このお風呂の水ってどこからきてるの?」

「この水はどこに行くの?」

「川はどこに流れるの?」

「海はどこに繋がっているの?」

などなど、障がい児とは思えないような質問が繰り出されるのです。

 

■施設でも可能性を伸ばすには限界がある

できるだけRくんの質問に的確に答えながら、やはり彼の可能性も家庭環境によって眠らされていたのかもしれない、と思いました。

Rくんも父親が誰なのかわからない子どもでした。

生まれてすぐに祖母に預けられ、母親はまた別の男性のもとに行ってしまいました。

児童相談所が介入したときには、足の踏み場もない居室で不潔極まりない生活をしていたようです。

「海って怖いよね」

「どうして?」

「だって海って深いから」

なにか思い出したように怖がり、はだかんぼうでRくんがしがみついてきたとき、

私は涙をこぼしそうになりました。

こんなに豊かな感受性を持ちながら、障がいと家庭環境によって施設で生活せざるを得ないRくん。

行政が不幸な子どもを家庭から救い出したとしても、施設でその可能性を伸ばしてあげることには限界があるのです。

 


「だいじょうぶ?かわいそう」この言葉の大きな意味


独特の雰囲気を持つRくん。

人の気持ちや考えを読むことができず、彼もトラブルメーカーのひとりでした。

なんでも自分中心に考え勝手な行動をおこすため、職員からも煙たがられる存在でした。

なかには「あの子は人間と思えない」などと言う職員もいました。

しかし、Rくんが入所して1年が過ぎる頃です。

遊びの途中で机のカドに頭をぶつけて大泣きする子どもがいました。その子に向かってRくんは、

「だいじょうぶ?」と問いかけました。

そして、私に向かって、「かわいそうだね」と言ったのです。

Rくんの口から他人を思いやるような言葉を初めて聞きました。

それは、広汎性発達障害の子どもが、学習して憶えた言葉なのかもしれません。

それでも私にはRくんの大きな成長に思えて、あたたかい気持ちになりました。

 


お姉さんたちの能力の高さ


■入所施設には高等養護学校に通うお姉さんたちもいました。

障がいを持っているとはいえ、思春期の子どもたちです。

ジャニーズのアイドルに夢中になったり、外出すればかわいらしい文房具を買ってきたりと、

普通の高校生と変わりありません。

また、小さい時から施設暮らしの子どもが多く、日課の段取りなどは私よりも素晴らしい能力を発揮していました。

たとえば食事の配膳のときは、誰がどのスプーンを使うかとか、

誰がマヨネーズ抜きで誰がソース少な目なのかとか、

お姉さんたちが間違えることはありません。

私の方が彼女たちを頼っていました(笑)。

小さい子どもたちの面倒見も良く、自分の高校生の頃よりもよっぽど彼女たちの方が素晴らしいと思っていました

 


ゆっくり成長していく子どもたち


このように、子どもたちは日々少しずつですが成長しています。

月単位、年単位で「できること」がどんどん増えていくのです。

それは健常児と呼ばれる子どもたちよりかはゆっくりかもしれません。

子どもたちの障がいの程度は様々なので、われわれ職員も過度な期待をせず、

「もしかしたら一生できないかもしれない」ことを前提に見守っています。

ですから、障がいを持つ子どもが何か達成すると、特別な事のようにうれしく感じるのです。

 


親の愛情が不可欠


■母親の他界で

「母親のような職員になりたい」しかしそれは「驕りなのかもしれない」と前段で書きました。

Mさんは、他児家庭で母親はシングルマザーでした。

まともに学校に通っておらず、兄弟5人がひしめくように団地で暮らしていました。

姉は中学生で出産、その夫も同居しており、Mさんはその男性から性的虐待も受けていました。

そんななか、Mさんの母親が乳がんで他界してしまいます。

遺された兄弟たちは全員知的障がいが認められ、それぞれ違う施設に入所することになりました。

 

■どんなに頑張っても肉親の愛情にはかなわない

16歳のMさんは、当初とても荒れていました。

リストカットの跡で腕は傷だらけ、たびたび大暴れして応援に駆け付けた男性職員に押さえ込まれることもありました。

あってはならないことですが施設を脱走したこともあり、保護されて戻ってきた彼女と2時間くらい話をしたときのこと。

保護した男性職員が、「Mちゃん、いいね、〇〇さん(私のこと)お母さんみたいじゃん」と彼女に言いました。

すると急にキッとした表情になり、「違う」とひとこと彼女は言い放ちました。

そうなのです。

われわれ職員はあくまでも職員なのであって、決して子どもたちのお母さんにはなれないのです。

どれだけ親身になって話を聞いても心配しても、肉親の愛情にはかなわないのです。

「そうだよね。Mちゃんのお母さんはひとりだけだよね」

私がそう言うと、彼女はぽろぽろ泣き出しました。

放任だったはずの彼女のお母さん。

だけどそんなお母さんを彼女は誰より慕っていたのです。

 

■里親のもとで暮らした方がよい子どももいる

子どもの療育には肉親の愛情が不可欠ですが、先ほどお話したRくんのように、

ごく幼いうちに母親と別れた広汎性発達障害の子どものなかには、

施設で暮らすよりも里親に引き取られマンツーマンで療育を受けた方が良いタイプもいます。

いずれにせよ、早いうちにたくさんの愛情を受けなければ、大人になっても愛着障害で苦しむことになります。

 


また療育の道を歩みたい


■さようならの時がきた

知的障がい児入所施設で出会った子どもたちの話は尽きません。

子どもたちのお世話をしているというより、私は毎日子どもたちから大切なものを頂いていたような気がします。

たった一年でしたが、子どもたちのことを理解したくていろいろ調べ物をしたり、

勉強したり、私にとってとても中身の濃い一年でした。

異動が決まり、私は他所の施設へ行くこととなりました。

 

■「だいすきだよ」の言葉

お別れ会ではRくんもMちゃんも泣きながらお別れのあいさつをしてくれました。

私も涙を堪えきれず、自分がどんなあいさつをしたのか憶えていません(笑)。

職員が作ってくれた子どもたちの寄せ書きには、

お姉さんたちが「だいすきだよ」の言葉をつづってくれました。

みんなで撮った笑顔の写真とともに、私の宝物となっています。

 


また子どもたちに逢いたい


子どもたちはたしかに、情緒や能力の発達は同年齢の子どもより遅れています。

しかし、劣っているという言い方はふさわしくないと思うのです。

子どもたちから学んだことはたくさんあります。

目に見えない大切なことです。

自分の未熟さや驕りについて、あらためて考えさせられました。

定年まで、子どもたちの療育に携わりたいと思ったのですが、現在は児童施設から離れてしまいました。

体力的には年々厳しくなりますが、また療育の現場に戻り、子どもたちの笑顔に毎日逢いたいと願っています。

この記事を書いたのは

ペンネーム:丸 和水

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